【相続人不存在】生前お世話になった病院への寄付を公正証書遺言で実現した事例
60代 男性
「自分には配偶者も子もおらず、兄弟姉妹もいない。このまま何もしなければ、自分が築いてきた財産はどうなってしまうのだろうか」——。おひとりで暮らす方からの、こうしたご相談が近年増えています。相続人がいない方(いわゆる相続人不存在)の場合、遺言書を残さずに亡くなると、財産は最終的に原則として国庫に帰属することとなります。
本事例では、生涯独身で相続人となる親族がいらっしゃらない方から、「生前お世話になった病院に財産を寄付したい」とのご希望を受け、公正証書遺言の作成と弁護士の遺言執行者就任をセットで行うことにより、ご本人の死後に確実に遺志が実現される体制を整えるお手伝いをいたしました。
事例の概要
- ご相談者:独身で相続人となる親族がいらっしゃらない方
- 相続人構成:法定相続人なし(相続人不存在)
- 遺産の概要:自動車、不動産 ほか
- ご希望:生前お世話になった病院への財産の寄付
- 主な争点・論点:相続人不存在の場合の財産処分、確実に実現できる遺言の方式、寄付までの換価処分の設計
- 用いた手続:公正証書遺言の作成、弁護士による遺言執行者就任
- 解決内容:ご依頼者の遺志が確実に実現される体制を構築
ご相談内容
独身で相続人となる親族がいないため、ご自身が亡くなった後の財産の処分について不安を抱えておられました。特に、所有している自動車や不動産をどのように処分すればよいか、また、生前お世話になった医療機関に感謝の気持ちを形にしたいという希望がありました。相続人がいない場合、何も対策をしなければ財産は最終的に原則として国庫に帰属してしまうことを知り、自分の意思で財産の行き先を決めておきたいとご相談にいらっしゃいました。
ご相談の段階では、「遺言書を書けばよいと聞いたが、自分で書いた遺言で本当に大丈夫なのか」「自分が亡くなった後、不動産や自動車を実際に売って病院に寄付する手続きは、誰がやってくれるのか」といった具体的なご不安もお持ちでした。
当事務所の対応
1. 遺言書の作成支援
ご依頼者の希望を詳しくお伺いし、公正証書遺言の作成を提案しました。遺言の内容は、所有する自動車と不動産を換価処分し、その売却代金から遺言執行に関する費用や債務を控除した残余財産を、ご依頼者が生前お世話になった病院に寄付するというものです。公正証書遺言とすることで、方式の不備による無効のリスクを回避し、確実に遺言内容を実現できるようにしました。
なお、このように「遺産を換価処分したうえで、その代金から諸経費を控除した残余を特定の人や団体に承継させる」という類型の遺言は、一般に清算型遺贈と呼ばれます。相続人がいない方が法人(病院や公益団体など)に財産を残したい場合に、実務上広く用いられている方式です。
2. 遺言執行者への就任
ご依頼者の死後、遺言内容を確実に実行するため、当事務所の弁護士が遺言執行者に就任することを遺言書に明記しました。遺言執行者として、自動車や不動産の名義変更、売却手続き、売却代金の管理、病院への寄付手続きなど、一連の業務を責任を持って行うことをお約束しました。
遺言執行者は、民法上、遺言の内容を実現するために相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するとされています(民法1012条1項)。特に本件のように換価処分を伴う清算型遺贈では、遺言執行者の法的権限が整理されていることが、手続を円滑に進めるうえで大きな意味を持ちます。
3. 公証役場での遺言書作成
公証役場において公正証書遺言を作成しました。遺言執行者の指定、財産目録、換価処分の方法、寄付先と寄付金額の決定方法などを明確に記載し、ご依頼者の意思が確実に実現されるよう配慮しました。
条項の文言は、ご依頼者のご希望と、寄付先となる病院側の受入手続を念頭に、後日の解釈に疑義が生じないよう丁寧に設計しました。遺言作成時には公証人との事前打ち合わせ、証人2名の手配まで当事務所で対応し、ご依頼者のご負担を最小限に抑えました。
解決内容と今後の対応
公正証書遺言が無事に作成され、ご依頼者が亡くなられた際には、当事務所の弁護士が遺言執行者として以下の業務を行います。
まず、ご依頼者の死亡を確認後、速やかに相続財産の調査を行い、相続財産を売却し、売却代金を管理します。遺言執行に関する費用や債務を控除した後、残余財産を遺言書に記載された病院に寄付します。これらの一連の手続きを、遺言執行者として責任を持って遂行し、ご依頼者の遺志を確実に実現いたします。
解決のポイント
ポイント1:「相続人がいない」状態を放置するリスクを可視化した
相続人がいない方が遺言を残さずに亡くなると、家庭裁判所による相続財産清算人の選任手続などを経て、最終的に残余財産は国庫に帰属することになります(民法959条。なお、令和5年4月施行の民法改正により、従来の「相続財産管理人」は「相続財産清算人」に名称が改められています)。ご自身が築き上げた財産を、お世話になった方や団体に引き継ぎたい場合には、生前の遺言書作成が不可欠であることを、まず共通認識としてお持ちいただきました。
ポイント2:公正証書遺言を選択し、無効リスクを抑えた
自筆証書遺言にも一定のメリットはありますが、方式不備による無効や、死後に遺言書が発見されない、文言の解釈をめぐる紛争が生じるといったリスクが否めません。法人(病院)への寄付というご依頼者の明確なご希望を確実に実現するため、公証人が関与する公正証書遺言を選択しました。
ポイント3:清算型遺贈のスキームを採用した
不動産や自動車をそのままの形で病院に寄付した場合、受け取る側である病院にとっても、管理・処分の負担や受入可否の問題が生じます。そこで、遺言執行者がいったん換価処分し、金銭に換えたうえで寄付する清算型遺贈の方式を採用しました。これにより、寄付先となる病院側の受入手続が簡素化され、ご依頼者のご意思がより円滑に実現されやすい設計となっています。
ポイント4:弁護士を遺言執行者に指定した
相続人のいない方の場合、遺言執行者を指定しておかないと、ご本人の死後に、利害関係人が家庭裁判所に対し遺言執行者選任の申立てを行う必要が生じ、手続の開始に時間を要します。遺言書の中で当事務所の弁護士を遺言執行者として指定しておくことで、ご依頼者の死後に迅速に執行を開始できる体制を整えました。また、弁護士が執行者となることにより、換価処分や登記、寄付先との折衝といった各種手続を、法的観点から適切に進めることができます。
ポイント5:寄付先との事前調整を意識した条項設計
法人への遺贈では、寄付先の内部手続(理事会の受入決議の有無、受入可能な財産の種類など)によって実現可否が左右される場面があります。本件では、寄付先を特定しつつ、換価処分の方法や残余財産の取扱いについて疑義が生じないよう条項を整えました。
担当弁護士からのコメント
この事案を通じて改めて感じたのは、「相続人がいない」ということそのものが、決して珍しいことではなくなっているという現実です。ご相談にいらした時点では、「自分の財産がどうなるのかよく分からない」「手続きの話を切り出すこと自体にためらいがある」という方が大半でした。
本件では、公正証書遺言と弁護士の遺言執行者就任を組み合わせることで、ご本人の遺志が死後に確実に実現される道筋を作ることができました。相続人がいない方の遺言では、「誰に残すか」の決定と同じくらい、「誰がその実現を担うか」の設計が重要になります。こうした論点は個別の事情によって最適解が変わるため、ご自身のケースで迷われたときは、早めに弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。
※本事例は、依頼者の特定を避けるため、事実関係を抽象化・再構成したものです。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 相続人がまったくいない場合、遺言書を残さないと財産はどうなりますか?
家庭裁判所による相続財産清算人の選任手続や、特別縁故者への財産分与の審判(民法958条の2)などを経て、それでも残った財産は最終的に国庫に帰属します(民法959条)。特別縁故者として認められるためには家庭裁判所での手続が必要であり、必ず認められるとは限りません。ご自身の意思で財産の行き先を決めておきたい場合は、遺言書の作成をご検討ください。
Q2. 自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言をおすすめする理由は何ですか?
公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認しながら作成するため、方式の不備による無効のリスクが低く、原本が公証役場に保管されるため、紛失・変造のリスクも抑えられます。特に、本件のように法人への寄付を伴う遺言では、死後に内容の解釈や有効性が争われにくい公正証書遺言が適しています。
Q3. 遺言執行者は必ず指定しなければならないのですか?
法律上、すべてのケースで必須というわけではありません。もっとも、不動産の換価処分や法人への寄付など、手続が複雑になる遺言では、遺言執行者を指定しておくことが強く推奨されます。指定がない場合、死後に家庭裁判所へ遺言執行者選任の申立てを行う必要が生じ、手続開始までに時間がかかることがあります。
Q4. 病院や施設など、お世話になった団体に財産を寄付することはできますか?
可能です。遺言により、個人だけでなく法人に対して財産を遺贈することもできます。ただし、寄付先の団体によっては、受入可能な財産の種類(現金のみ、不動産は不可など)に制限があることがあります。事前に寄付先と受入の可否を確認し、必要に応じて本件のような清算型遺贈のスキームを採用することが実務上有効です。
Q5. 遺言を作成した後、内容を変更したくなった場合はどうすればよいですか?
遺言は、遺言者ご本人の意思でいつでも撤回・変更することができます(民法1022条以下)。公正証書遺言で作成した場合でも、新たに遺言を作成することで前の遺言を撤回することが可能です。ご事情の変化に応じて、遺言内容を見直されることをおすすめします。
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